ゲストハウスプレスー日本の旅の、あたらしいかたち。

 

#01 山ノ家カフェ&ドミトリー(新潟) 後編

THE OWNER INTERVIEW #01
山ノ家 カフェ&ドミトリー(新潟)/池田史子さん・後藤寿和さん

後編「宿屋」としての山ノ家。

本全国に増えているホステルスタイルの宿「ゲストハウス」。ゲストハウスプレスでは、オーナーや運営者へのインタビューを通して、ゲストハウス運営に込められた深い想いや目的がどのようなものかをお伝えします。ご紹介する個性あふれる宿たちは、「安いから泊まる」「旅の途中だから泊まる」という従来の安宿の概念を越え、ホテルや旅館とも違う、新しい旅の概念を、あなたに教えてくれるかもしれません。

第1回目は、新潟県十日町市松代(まつだい)の地に2012年8月、山ノ家カフェ&ドミトリーを開業された池田史子さん・後藤寿和さんのおふたりです。その2では山ノ家で行われるイベントやワークショップについてお聞きしました。(全3回連載)聞き手:西村祐子(ゲストハウスプレス編集長)

新潟と東京、ふたつの拠点で生活する「ダブルローカル」の可能性

−−−池田さんは、都会と里山、両方で生活をする「ダブルローカル」という概念を提案されています。それは新潟に来る前から考えておられたのですか?

池田:どちらかというと、こちらに越して来てからですね。漠然と、どっちも拠点、ホームグラウンドになるんだろうな、というのはあったのですが。 元々、恵比寿に自宅と事務所があったのですが、3つの拠点では負担過多であると。「パブリック」な場として機能する方を拠点として残しておきたいということで、東京では自宅のマンションを手放して仕事場を残しました。東京での住まいは実家に戻しました。新潟の拠点(山ノ家)は、仕事場であり住居でもある場所となっています。

後藤:人が集まるほうの場所を残して、自分たちのプライベートな場所を整理するというのは「移住」ではない、というところにつながっているんだと思います。「プライベートを移すのではなくて、誰か人が出入りする場をつくりたい」というところを優先しているのかな?そのことは昔から変わらない考え方ですね。

池田:二拠点居住自体は特に目新しいスタイルではなく、既に実践している方も多々いらっしゃると思うのですが、「二拠点居住」ではなく「ダブルローカル」という言葉がトンと落ちて来たのは、どちらも「ホーム」であって、どちらかがアウェイではないという思いが根底にあるからです。どちらの場所も自分の本拠地=マイローカルである、と。

だから、都内で仕事して、週末に、100%リラックスするためだけ田舎の別荘に休みに行くというのではなく、どちらも本拠地、どちらもフル(全開)という意味合いですね。

朝のキッチン。朝食準備中
朝のキッチン。朝食準備中

地元の伝統行事や祭りから感じるその土地の凄み

−−−新潟県の松代という土地のことはどのように感じていますか?

池田:元々、里山と現代アートが共生しているという興味深いエリアだし、そうした状況を受け入れ得る感受性の高い面白い土地柄なんじゃないかな、という良き先入観がありました。地域は違うのですが子供の頃新潟県内で育ったので、まったく縁のない場所ではないという思いも最初からありましたね。

後藤:こことの行き来を初めて一年、いろいろこの地域独特の行事や祭などを体験して来て、ようやくここの特徴とか個性が見えてきたかな、というところです。

池田:例えば8月の盆踊りの音楽。ただ録音されたものを流して、赤と白の提灯があってというのではないんです。太鼓も笛もない。声だけで、祭り囃子が歌われる。節もインプロビゼーション(即興)らしいんです。

何ともユニークで、良い意味で土着的で、何というか民俗学的にものすごい原体験をさせられているような気分になります。でも地元の人にそう言うと、「え?何が変わってるの?」と、逆に驚かれたりするわけですが。

後藤:歌い出しの歌詞だけしかなくて、あとは酔っ払った勢いで歌う、らしい(笑)。そういうルールしかない。やぐらに登った3人くらいの歌い手が順番にアドリブで歌っていって、みんな彼らの歌声だけで淡々と楽しそうに踊ってる。それは実際眼前に見聞きすると結構インパクトあります。

豪雪地帯のため建物の寸法が全体的に縦長
豪雪地帯のため建物の寸法が全体的に縦長

池田:あと、小正月に豊作を祈る火祭、この辺ではどんど焼きと呼ばれていて、習俗としては全国的にあるものですが、その非常に独特なスタイルのものが、ここからは少し離れた地域なんですが同じ十日町市内で行なわれていて、一度はすたれつつあったところを大地の芸術祭のチームが復活に尽力したと聞いています。これがとにかくすごい。

両側の雪壁に開けた洞にろうそくが灯されたとても幽玄な雪道を抜けた広場に、木で構造を組んで稲わらで覆った、人間が7〜80人は入れる、巨大なパオというか巨大なかまくらというかといった構築物が立っている。その内部の真ん中に巨大な焚き火を燃やして、それを囲んで、集った人たちで地酒やどぶろくを竹盃で酌み交わんです。私たちのようなヨソモノにもどんどんお酒をついでくれる。そして、焚き火の火灯りとパチパチ薪がはぜる音だけ、という中で伝統的な天神囃子がアカペラで唄われる。

単純に深く感動しました。時を経て伝えられてきた魂のようなものを直接体感している感動です。そうして、2時間くらい宴が続いたあとで、「外に出てくださーい」と言われて、なんだろう?と思いつつ、みんなでぞろぞろと外に出ると、その無人となったパオに火が放たれて、その構造物自体が巨大なかがり火になるという壮大な火祭なんです。雪国のバーニングマン※。

※バーニングマン: 電気も水道もないアメリカネバダ州の砂漠で開催される1週間の音楽・アートフェス。お祭りの最後に会場の中央に設置された巨大な人形「ザ・マン」を燃やすことから「バーニングマン」という名前がついた

−−−あ、燃やしちゃうんだ、最後。すごい!

池田: あと、その燃え上がった炎で、その年が豊作か不作かを占うみたいですね。そのパオの中で聴く古来唄い継がれて来たお囃子、壮大な焚き火、その構造物自体、最後に火を放つというワイルドさ。そういったすべてが、ちょっと都会では見られないというか…。やはり奇祭のひとつではあるみたいです。知る人ぞ知るというような。「バイトウ」と呼ばれています。そういうものを体験できたのは、やはりこちらに拠点があるからこそ、だと思います。

※新潟県十日町市大白倉のバイトウ
雪原にケヤキとワラで「バイトウ」と呼ばれる直径8m、高さ10mの家を作り、その中で村中の人々が集い、語らう小正月行事。最後は、その家に火をつけて、立ち上がる炎でその年の無病息災、五穀豊穣を願い占う。30m以上の火柱が上がる光景は圧巻。

これからの山ノ家計画

−−−これからの山ノ家の方針や方向性があれば教えてください。

後藤:思いとしては、ここ一カ所で終わるわけではなくて、他の土地、ひいては他の国でも「拠点」を作れたらいいなというのがありますが、まずはこの山ノ家の通りの近くに、自然発生的に、二軒、三軒とある程度複数の新たな「場」ができて、次第に点が線になって、もっと人が集まって回遊してくれるような通りになっていったらよいですね。

−−−例えばここに他にこんな場所があったらいいな、という具体的な構想もありますか?

池田:美味しいパン屋さんがあったら嬉しいですね。贅沢なことに、最高に美味しい星峠の棚田米が毎日食べられるのですが(笑)。(※新潟県十日町市は超ブランド米魚沼産コシヒカリの産地)

山ノ家カフェでも、研究熱心なスタッフが食べた人がみんなファンになるようなフォカッチャを作ってくれたりしているのですが、やっぱりいわゆるパン屋さんは欲しいかな。地域の人もそれを求めてるのをひしひしと感じるんですよ。

(※このインタビューの3週間後に、十日町市出身のシェフが創業したグルメに知られる東京三宿のパン屋さんシニフィアン・シニフィエのポップアップショップが山ノ家一周年イベントで実現。さらにその3ヶ月後、十日町市内で開催される同シェフによる低温長時間発酵米粉パンの講習会に通うことに。何事も望んでみるものですね。)

前日までの予約制で食べられる山ノ家の朝食。やさしく丁寧につくられた日本の味。
前日までの予約制で食べられる山ノ家の朝食。やさしく丁寧につくられた日本の味。

池田:あと、ぜひいい本屋さんでしょうか。本屋というのはやっぱり文化的拠点、発信源。必需品。図書室兼古本屋でもいいですね。旅人とか界隈の人が読み終わった本がそこで交換できる文庫があってとか。

そして、古道具屋のようなところ。例えば、朝食時にお出ししている漆の器ですが、震災で壊れた蔵を潰さなくちゃいけなくなって、中にあるものをどう処分しようか?というものを譲り受けたものなんです。そういう古道具や古家具みたいなものを、再発見して、ちょっと磨き直して、リノベーション古家具屋みたいなものができるんじゃないかなと。

行灯のワークショップを一緒にひっぱってくれている仲間にもそういうことをやりたがってくれている人がいるので、たぶん、そのうちに自然にできてくるのかなとは思っているのですが。

後藤:この山ノ家がそういう種子となったらいいなと思うんです。まずはこの通りにポツンとできた一店舗目が、何らかのヒントやインスピレーションになって、別の空き家があったらやりたいっていう人が出てきたりしてほしいなと。

−−−ひとつのお店だけがポツンとあるだけじゃなくて、おもしろい拠点が近くに何カ所かあると、それだけで人を引きつけるパワーになりますね。

後藤:そのためには、繰り返し、ここの場所でワークショップやいろんな形で通う人、集う人がまず増えることが大前提。そうなった上で、もし空き家や貸しスペースなどがあったら何かやりたいというような人が現れて、連動していってもらえたら嬉しいなと思います。

開かれた場にしたいと、夏休み期間カフェスペースに地元の小学生の絵画も展示
開かれた場にしたいと、夏休み期間カフェスペースに地元の小学生の絵画も展示

カフェだけじゃない。宿にした意味とは?

カフェをつくるだけではなく宿にしたというのは、そうした継続性を生みたかったからでしょうか?

池田:いえ、資金的な面からも、自分たちの生活拠点として別途家を借りるというのは全く選択肢になかったので、自分たちの日常の営みに必要な機能を兼ね備えた場所にするのは意図とか計画ではなく必然でした。Wi-Fiがあって、食事を作る場所、寝泊まりする場所、シャワー浴びれる場所があって、かつそれがそこに集う人でシェアできればなおよいな、と。どちらかというと、宿というよりはシェアハウスのイメージですね。

最初からカフェは地域のコミュニティの場になると想定していました。ここに都会から来た人も、現地の人も、不特定多数の方が気軽に入ることができて、知り合ったりできる。私たちはそういった化学反応が起きる場としてカフェを捉えているんですね、ですから、寝泊まりする場所も、自分たちだけで専有するのではなく、せっかく部屋あるんだしどうぞごいっしょに使いましょうという感覚ですよね。

yamanoie_intervew3_05

そして、ずっと、アーティスト・イン・レジデンスをやりたいという思いもありました。クリエイターが中長期的に滞在して作品制作やフィールドワークをしたりする拠点をつくってみたかった。自分たち以外の様々な人の拠点になってほしいと思うと、やっぱりそれは、究極、食べるところと寝るところ(笑)。

自分たちにとっても、東京での生活がシームレスにそのままここでの日常であってほしかった。いわゆる昔ながらの民宿とかではなくて、自分たちらしい空間で寝泊まりできて、シャワーもあって、自分たちにとって日常的なご飯も食べられて、という。

後藤:自分たちの日常生活にとって必要なものを形にしていった。

池田:そう。だから一番最初に古本屋さん、古道具屋さんとかはやれなかったわけです。まずは、とりあえず、自分たちやここに集う人たちのための「居場所」をつくって、その後二軒目三軒目と、そういうカルチャーやものづくりの拠点ができていったら嬉しいし、もちろんそのプロデュースのお手伝いができたらいいなと思います。

世の中にないものをつくる。

−−−宿を「ドミトリー」というネーミングにした理由はどんな意味があったのでしょうか?

池田:部屋を二段ベッドにすることは最初から迷いなく考えていたのですが、ゲストハウスとかホステルという言葉はまったく浮かばなかったですね。残念なことに、バックパック旅行をした経験が実はないというのもあるかもしれません。キャンプとかは嫌いじゃないのですが。

おもてなしのデザインがきちんとされているところが好き。だからここも、ゲストハウスとはあまり思ってなくて、サービスとしては、ゲストハウスと旅館の中間くらいかなと思っているんですよね。シーツも敷いてあげるし、朝ごはんも出るし、と。

−−−それを突き詰めると「ゲストハウスとは何か?」という、今、日本で誰も答えられる人がいない話になってしまいますが(笑)、一応、ゲストハウスプレスでは、「素泊まりの宿」「比較的安価に、1人でも安心して泊まれる宿」を大きな意味でのゲストハウスと捉えて紹介しています。

池田:自分の中の勝手なイメージとして、「アーティスト・イン・レジデンス」と「ドミトリー」という名称がかけ離れたものではないと思えたんです。それに、いわゆる民宿では絶対ないし、と。でも、認可申請上のカテゴライズは「農家民宿」(笑)。

−−−ゲストハウスも民宿も、法律上は「簡易宿業」になるわけですからね。この世の中にないものをつくって、カテゴライズすると、どこかに無理矢理入れる必要はありますもんね。

池田:そうですね。あまり論理的には説明できませんが、結果的にはドミトリーという言葉が、いちばんしっくりきちゃったわけです。「山ノ家」という施設のサブタイトルとして。

心地よさを追求し厳選された寝具。カーテンを閉めると程よいプライバシー感もある。
心地よさを追求し厳選された寝具。カーテンを閉めると程よいプライバシー感もある。

山ノ家スタイルのおもてなし、こだわりとは?

−−−山ノ家を運営するにあたって、こだわっていることはありますか?

池田:美術史を専攻して、アート・キュレーターの資格もとったのに、結局インテリアデザインの仕事を選んだくらいなので、「しつらい」とか「おもてなし」をデザイン、コーディネートすることが根本的に好きなんでしょうね。

カフェや宿泊施設は、そうした生活文化、ライフスタイルデザインが総合的に表現できる場と考えていて、いつかは自分自身が利用者(お客様)の立場でなく、主体者になってそうした場をつくってみたい、やってみたい、やれたら楽しいに違いないという密かな欲望は元々もっていたかもしれないです。

−−−自分が受けたいおもてなしを、お客さまにするという?

池田:比較的それに近いです。例えば、自分は、そうした場所では、基本的に放っておいてほしいタイプ。

−−−「まあまあお茶どうぞ~!!」とか元気よく言われるんじゃなくてね(笑)

池田:だから、好きな時にお使いくださいというカフェが併設されている。使ってもいいし使わなくてもいい。余計なものやぜいたくなものは何一つないし、できるだけ元々民家に残されていたものを活用したりしている。

でも、最低限必要なものが目触りよく、心地よく、すうっと揃っていて、清潔感があって等々、明確な初期設定基準はきっちりあります。自分たちが音楽が好きというのもあって、自分たちが心地よく思える音を編集してそっと流しておきたい、とかもそうですね。

利用料の設定では、連泊、リピートに耐える価格帯でありたいなと。利用する側から考えると一泊5000円以下にはしたい。

今、都内のゲストハウスでも一泊2000円台とかあってびっくりしますが、そうしたクラスのゲストハウスのリピートに耐え得る気軽さと、しっかりした旅館やホテルのもてなしやしつらいの与えてくれる質感のようなもの、双方の良いとこ取りができたらいい。

ちゃんとつくられたホテルのような居心地のよさはあるのに、適度に放っておいてくれて、連泊しても比較的リーズナブルというラインを目指しました。

−−−先日、初めていわゆるゲストハウスに泊まられたそうですが、どう感じましたか?

後藤:長野にある、1166バックパッカーズさんに泊まらせてもらったのですが、ゲストハウスっていうのは、泊まったひとたち、利用した人たちが、その場を作っていくのだな、っていうのを感じましたね。良い意味で、オーナーとお客さんのパワーが50・50。ここは、善くも悪くも、もう少しこちら側の思いが強いというか。

山ノ家はやっぱり意図的に、ゲストハウスのようなところと大きな資本を投入している旅館のようなところの良いとこどりをしたい、と思っている。そこが僕らの施設が完全なゲストハウスではないな、と思っている部分かな。

−−−ゲストハウスプレスは、一般的な「格安の旅人宿」としてのゲストハウスだけでなく、いろいろな旅や宿のあたらしいかたちを紹介するメディアとしてスタートしたので、山ノ家のあり方や宿のスタイルは、是非最初にご紹介したいと思っていました。

yamanoie_intervew3_01

公私ともによきパートナーのおふたり。素敵な時間をありがとうございました!
(2013年7月29日 新潟・山ノ家カフェ&ドミトリーにてインタビュー)

→ THE OWNER INTERVIEW#02 長野県須坂市・ゲストハウス蔵 山上万里奈さんへと続きます

山ノ家 カフェ&ドミトリー http://yama-no-ie.jp

新潟県十日町市にある民家をリノベーションしたシンプルな空間に二段ベッドを設置したカジュアルなゲストハウス。

上越新幹線・越後湯沢駅経由ほくほく線まつだい駅下車 徒歩5分。
料金:素泊まり1泊4,000円
ご宿泊の方の朝食500円(前日までに要予約)

〒942-1526  新潟県十日町市松代3467-5
TEL 025-595-6770(金〜日10:00-20:00)
info(@)yama-no-ie.jp
山ノ家に行ったらやりたい3つのこと。

Written by

西村祐子 / ゲストハウスプレス編集長  : 「好きなことをして生きる」を実践するべく活動するライフクリエイター。2017年より神奈川の海辺から大阪にUターン。現在はあたらしい旅と暮らしの発信基地Wanderers!の運営をはじめ、 旅にまつわるさまざまな事業プロデュースを行っている。http://moanablue.com/life