ゲストハウスプレスー日本の旅の、あたらしいかたち。

 

#01 山ノ家カフェ&ドミトリー(新潟)中編

THE OWNER INTERVIEW #01
山ノ家 カフェ&ドミトリー(新潟)/池田史子さん・後藤寿和さん

中編 イベント・ワークショップへのこだわり

本全国に増えているホステルスタイルの宿「ゲストハウス」。ゲストハウスプレスでは、オーナーや運営者へのインタビューを通して、ゲストハウス運営に込められた深い想いや目的がどのようなものかをお伝えします。ご紹介する個性あふれる宿たちは、「安いから泊まる」「旅の途中だから泊まる」という従来の安宿の概念を越え、ホテルや旅館とも違う、新しい旅の概念を、あなたに教えてくれるかもしれません。

第1回目は、新潟県十日町市松代(まつだい)の地に2012年8月、山ノ家カフェ&ドミトリーを開業された池田史子さん・後藤寿和さんのおふたりです。中編では山ノ家で行われるイベントやワークショップについてお聞きしました。(全3回連載)聞き手:西村祐子(ゲストハウスプレス編集長)

磁場としてのイベントとプロダクトを大事にしていきたい

−−−「磁場」をつくること、そのためにイベントを仕掛けることが、今までのご経験の中でとても重要だと感じてこられたんですね。場所だけあってもダメで、人を惹きつけるものが必要だというような。

池田:そうです。空間的なハコだけつくってもそこから発信されるものがなければ何も発火していかない。ただ単に泊まるだけの場所をつくるとか、カフェをやることが最終目的で山ノ家をつくったわけではなく、そうした機能は、人が集い、出会い、化学反応を起こして行くための手段というかメディウムなわけです。山ノ家がサスティナブル(持続可能)であるためには、やはりそれを維持して行くためのエネルギー(収入)が必要です。

そうしたエネルギー源にもなって、ここから何かが発信されていく磁場、磁力発信みたいなもののためには、宿泊やカフェといったシェアハウス的インフラだけではなく、やはりイベント(参加できる)とプロダクト(持ち帰ることができる)という形での発信が有効かなと思っています。

夏のイベント風景 photo by Yamanoie
夏のイベント風景 photo by Yamanoie

地元の人との関わりから新しく生まれるプロジェクト

池田:昨年のオープンを急いだきっかけにもなった越後妻有アートトリエンナーレ大地の芸術祭が9月の半ばで終わった後、実は、ほとんど来客がなくなりました。その当時は、芸術祭のシーズンと同様に、平日も夜もずっと営業しようと思っていたのですが、まったく誰も来ない。

芸術祭に来場する層への浸透はある程度あったと思うのですが、まだ地元での知名度もなく、ちょっとこれは、何か発信しないとダメだ!ということになりました。

−−−誰も来ない・・・。そんな時期もおありだったのですね。

池田:そうなんです。そのためだけにでもここに足を運んでもらえる何らかのイベント。その時、地元とのパイプ役になってくださっている若井明夫さんとも何かやりたいねという話になって、いっしょにつくれる企画は何だろうか?と。

その結果、この地の地域資源、農業や里山の恵みを体感できる、都市圏のクリエイティブな人にとっても魅力的なワークショップを試しにやってみようということになりました。

地元から、都会からも里山の暮らしを学ぶワークショップへ photo by Yamanoie
地元から、都会からも里山の暮らしを学ぶワークショップへ photo by Yamanoie

「ちょうど今、今年の新米が穫れたばかりだから、米やろうか米!」ということになって、棚田の自然栽培の新米を美味しく頂くという行為を核にして、若井さんの手ほどきで玄米甘酒をつくったり、地元のキノコ名人のナビゲーションで秋山に分け入ってキノコ狩りをして、山小屋でキノコ汁をつくって、羽釜で炊いたご飯といっしょに食すという「米」ワークショップが、記念すべき山ノ家第一回のワークショップとなりました。

この農業と里山の自然の恵みを体感して味わうワークショップは、季節ごとに何かひとつの素材を取り上げてやろうよということになって、そのまま、冬にはその年に穫れた自然栽培の大豆で「豆」ワークショップを、春には近隣の山に出そろう「山菜」のワークショップを、と続いていきました。その都度、味噌や納豆づくり、山菜の保存法や調理法などで、若井さんはじめ地元のお父さんお母さんに先生になってもらったんです。

−−−お話を聞いていると、イベントのひとつひとつが、地元の方との関わりの中からとても自然に発生しているようで、とてもいいですね。

休耕地を宝に変えていく。六次産業化への道

池田:今、新しいところでは「果実」のプロジェクトを始めようと思っているところです。というのも、全国の里山も似たような状況かと思いますが、このあたりもいわゆる休耕地がけっこう多いのです。休耕地にまた畑や田んぼを再開させて維持して行くのはたいへんな重労働で、限界集落が多く、耕し手を失ったこうした地域では、カヤや雑草に覆われた茶色の、何かを生み出すことのできない土地になってしまっているわけです。

そうした休耕地をなんとか緑に、しかも何か実りをもたらす力を与えることはできないものか。私たちの里山パートナー若井さんが、自身の所有する休耕地に、実がなる木の植樹を始めようとしていることを耳にして、ぜひその行為に対して、より有機的に発展的にコラボレーションできないだろうかと思ったのです。

美しい棚田の風景 十日町市は超有名な「魚沼産コシヒカリ」の産地 
美しい棚田の風景 十日町市は超有名な「魚沼産コシヒカリ」の産地 

実がなる木を植えましょう!といっても何でもよいわけではなく、この土地に自生している果樹を挿し木にして増やして行くやり方です。5mの積雪は当たり前という豪雪地帯ですから、桜や桃などの一般的な果樹は積雪の重みで折れてしまって育たないのだそうです。あけびや山葡萄、猿梨といった蔓性のしなやかな植物でないと冬が越せないのですね。また、元々この土地に自生していた植物ですから自然の連鎖を壊すこともありません。

こうした野生の果樹を植樹していくと、畑や田んぼほどには手間がかからず、勝手に実を結んでくれる。その実を集めてジャムなどの二次加工品をつくっちゃおうと。そしてさらにそれらを、私たちが「こんなものができたよ」と面白い形で発信ができれば、こんなふうに、できるだけ負荷の少ないやり方で山を緑に戻す、山に実る力をよみがえらせる方法があるかもしれないということを、社会的に問いかけるアクションにもできるのではと思っています。

−−−「休耕地をなんとかしたい」だけじゃない、その先の製品化、更には未来についても考えていらっしゃるわけですね。

“妄想”を具体的なカタチに変えていく役割

池田: 最近よく言われている六次産業化、一次産業つまり農林水産業と、二次産業、加工業と、第三次産業、販売とかメディア化の動きをつくるという、1×2×3の複合的な動きで付加価値を育てて行くこと、その六次産業化的なことを、休耕地に実のなる木を植えていくことで実践できるんじゃないかと。

このプロジェクトは、ずっと若井さんがぼんやりと妄想みたいな感じで温めていたアイディアだったわけですが、山ノ家という伴走者を得て、実行に移してもいいのかなと思えたようなのです。 もともと「山ノ家」自体、彼の中ではやはり妄想みたいなものだったわけです。商店街の真ん中の空家で誰かが何か新しい事業を始めてくれないか、そこが何か新しい動きの発信地にならないものか。

絵に描いた餅にすぎないと思っていた個人の発想が、私たちの動きや思いと掛け算になることでリアルになった、具現化したとよくおっしゃってくださいます。彼は、全く新しい視点を持つことができる「ヨソモノ」で、なおかつ共有できる思いのある人に入ってもらって、地域で何かを始めて行く核になってもらいたいと考えていて、そこに、私たちがポンと嵌まった。そして、彼が妄想と思っていたことがこうして、ひとつずつカタチになっていっているのだと。

−−−新しい視点を入れることで、地域の中では解決しなかったことが現実になっていったんですね。

近くの里山で取れる蔓性の実 photo by Yamanoie
近くの里山で取れる蔓性の実 photo by Yamanoie

ひとつの試みが多方面に広がって、地元の熱を引き出していく

池田:若井さんだけでなく、たとえば、元校長先生で山ノ家に隣接する家屋をシェアスペース運用している方も、「この通りを元気にしたい、この町のなかで、同時多発的な小さい音楽祭みたいなことをやるのが夢」というようなことをおっしゃる。

私たちはこれまでに、何もないところから、そうしたイベントやプロジェクトを形にしていくことが仕事だったものですから、「まあ、やれる範囲で何かできそうですよね!」と特に気負わず答えてしまう。そうすると、「え、できるの??」って返されちゃうんですけど(笑)、無理のない範囲で何かをいっしょに形にしていきましょうよ、ということ。まず始めなければ何も始まらない。何か動き出せばそれは次々に何かに繋がって行く。そうした働きかけが自然に増えていっている気がします。

−−−「米で何かをやろう」と、あるひとつのワークショップから始まったものが、派生して、どんどん育っていって増殖して、「こういう感じだったらこれだね」というふうに、「考えなきゃ」と思わなくても、次々とそういった試みが出てくるような流れなのですね。

池田:そうですね。それぞれが持っていた技術とか、持っていた思いが、自然に掛け算になってく感じですね。

妄想をかたちのあるものへ変えるためには「話をする」場所と機会が必要
妄想をかたちのあるものへ変えるためには「話をする」場所と機会が必要

イベントが長く続くストーリーになる

−−−今まで山ノ家が発信するイベントについて、「他とは何かが違う、すごく凝っている、こだわりがある気がするけれど、どんな差があるのだろう?」と思っていたのです。

その差のひとつは、ひとつひとつのイベントが、単発ではなく、ロングスパンで企画されていることなのでしょうね。そして、その思いの深さに反応して、参加してくださる人がより深くコミットできて、イベントひとつとっても、やりっぱなしではなく、つねに連続性がある。それは意図されてやっていることなのですか?

池田:そうですね。どこまで意図していて、どこから自然発生しているかはわかりませんが、ひとつ言えるのは、職人気質といいますか、私たちが不器用で、手抜きができないことに起因しているのかもしれないということ。

本当に採算を取るのが得意な人とかがやると、この予算だったら、この時間内だったら、この辺で止めておこうと自然にブレーキをかけてしまうのではないかと思うのです。ただ、やっぱり自分たちはどうしても最低限このレベルでやりたい、と思う基準がゆずれない(笑)。

自分たちで言うのも何ですが、そうしたある種のきめ細かさや深みのようなものを感じて頂けているのだとしたら、そういうこだわりというか、捨てられないものを大事にしている結果がそうなっているのかもしれないですね。

−−−1日ワークショップの案内を拝見していても、「すごいな!!ここまでやるんだ!」サプライズじゃないですけど、そんな感覚がありますね。

例えば、先日こちらで行なわれていた「和紙を使って自分たちで行灯を作るワークショップ」ですと、普通だったら行灯をみんなで和紙を漉いて文字など書いて、行灯をつくる、で終わりだと思うんですよね。

それだけでも一般的な2時間程度の観光の”体験”よりは踏み込んで楽しめる仕掛けがあるのですが、山ノ家の発信するイベントはそこで終わりじゃない。さらにそれが次のイベントやワークショップに繋がっていくようにできている。

地元の伝統と自分たちの技術をうまく掛けあわせて
今の価値観にあったものにつくり直す

池田:行灯についてもそうなのですが、イベントとかワークショップなどは、単発ではなく、できるだけ相互に繋がって何かを生み出していく、生産的かつ継続的なプロジェクトにしたいという思いがあります。この行灯のワークショップも、元はと言えば、「茶もっこ」復活プロジェクトから派生したものです。

二拠点にしろ、UターンにしろIターンにしろ、自分たち自身がその地で継続して地域と共生していくためには、何か新しい産業を生み出すことにトライしたり、そこにあったはずのものをちゃんと堀りおこして、今の価値観にあったものにつくり直すというようなことができなくてはと思っています。

ここに良いものがたくさんあるんだから、それをちゃんとリプロダクトして、それがちゃんと日常に享受される形に戻すお手伝いがしたい。「茶もっこ」という昔からの風習を復活させましょうという動きと、和紙漉きのような地場の手仕事やマテリアルのリプロダクト実験との接点に、この行灯ワークショップがあります。

茶もっこイベントの風景 photo by Yamanoie
茶もっこイベントの風景 photo by Yamanoie

池田:山ノ家が立つ「ほくほく通り」は古来宿場町で、行き交う旅人に、疲れていないかい?ちょっとお茶でもお飲みなさいと、ヨソモノを茶話であたたかくもてなすという「茶もっこ」という風習があったそうで、それを復活させるべく「茶もっこプロジェクト」が山ノ家のオープンと共に始動していました。

とはいえ、いきなり日常的に復活させようとしても無理があります。まずは、イベントとして、一日だけの茶もっこ状況をつくってみてはどうかということになって、まずは、春分の頃、そろそろ雪解けが始まるタイミングに、「春を迎えるかまくら茶もっこ」と称して、第一回めの茶もっこイベントを地元の有志のみなさんと共催しました。

40人くらい入ってしまった大きなかまくらをメイン会場に、地酒や郷土料理、得意料理などをふるまう、山ノ家も入れて4カ所の「茶もっこ」拠点を回遊散歩できるというもので、地元の方、都市圏から来てくれた方、山ノ家で滞在制作中だったアルゼンチンのアーティストたちなどが入り交じって盛り上がりました。

巨大かまくらを使った茶もっこの様子 photo by Yamanoie
巨大かまくらを使った茶もっこの様子 photo by Yamanoie

冬の終わりの次、今度は夏を送る時期かなと。ちょうど、お盆の週末に山ノ家一周年のイベントをやろうと考えていたので、そのタイミングで夏の茶もっこをやりましょうか、ということになりました。

春の茶もっこは、雪でかまくらを作って、それがランドマークになったわけですが、夏も何かランドマーク欲しいよねと話していた時に、若井さんが「行灯を並べてみたーい!この通りに行灯が並んだらどんなにきれいだろう」と言い出して、それがきっかけになりました。だからこの時も一番最初にそのビジョンを描いてくれたのは彼なんですね。

それを具体化して行くにあたって、その行灯をつくるのも、私たちが日常仕事の合間にこつこつすませてしまうのではなくて、そこも参加型のワークショップにしてプロセスを共有できるようにしようということになりました。そして、その素材としては絶対に、地元の、ここにあるものでつくった行灯にしようと。

先に「思い」があって、そこから社会的な動きへと広がっていく

池田:参加型のワークショップで行灯をつくるプロセスを共有してくれた人のところに、またその行灯を使ったプロジェクトが広がっていくわけですよね。技術的には自分たちだけでできるし、そのほうがきれいにおさまるかもしれないけれど、そこに一般の方とか友人知人、他者が関わることで、プロジェクト自体が広がっていく。その人が帰った土地で、その話をしてくれたらまた広がっていく。

そうやってここに共感したくれた人が「灯りがそのお盆にこの通りを照らすって、なんだかいいストーリーだよね」と。ものごとはたいてい、そうしてどんどん自然に転がりながら前に進んでいきますよね。

−−−だから山ノ家のイベントは、無理がなく自然体にみえるんでしょうね。

最近というか世の中的にすごく多いですよね、先にイベントありき、というか「集客のためのイベントを」みたいなもの。ただ人に来てもらいたくて、目的は後付けだった、というような事例は数多くあると思います。

けれど、おふたりにはまず自分たちの思いがある。それがたとえばデザインだったり、エコプロダクトだったり、いろんな、今だったら地域の思い。自分たちの思いと他者の目的がくっついたときに、思っておられることがより増幅して、「だったらこんなことが」みたいな形で、提案がよりソーシャルな、大きなものに変わっていくわけですね。

池田:そうですね、基本的には、地域活性とかソーシャルとか、そうした活動を主たる仕事として生きてきたわけではないので。ただ「どうすればそれを形にできるか」は発想できるので、その結果的としてソーシャル・クリエイティブと言われるものになってしまっていることが多い(笑)。

2013年のソトコト主催ロハスデザイン大賞も受賞
2013年のソトコト主催ロハスデザイン大賞も受賞

−−−おふたりのやっていることは、例えばIDÉE時代の数々のご経験や、その後のアートのプロジェクトやエコのプロダクトをメインの仕事にされているときと、今の地域のことも、相手や素材が変わっているだけで、その信念みたいなものは、おそらくあまり変わっていないですよね。

それがたまたま、後で振り返るといわゆるトレンド、時代の流れに沿ったことになっているのかもしれないですけれど、それを意識したわけでもないのでしょうね。

そういう軸と、柔軟性の両方をお持ちだから、たまたま新潟の空き家の話がやってきたときにも、畑違いのようにみえて、本質的な部分で繋げられる。今までやってきたのと同じように、「何かをいっしょにできるかな」と、自分たちが得意なことと地元の方と一緒にやることで、何かを育てていって、それは決して一過性のものではない。

後藤:思うのは、特に昔は若気の至りや勢いもあって、反省点もあったりするんですが、結局、自分たちがやってきたことが、「なるべく違和感のないようにやっていきたい」という思いを大事にしていきたいなというのはありますね。

さっき言ってもらったように、わざとらしいというか、後付みたいなものではなくて、それがいかに自然にかたちになって、どこかにつながっていくというのは大事にしています。例えば、ワークショップというのは、ワークショップいう「場」だと思っていて、一時的なものではなく、それが何かにつながって、一過性ではない、それだけでは終わらないものにしたい、ということを常に考えています。

山ノ家 カフェ&ドミトリー http://yama-no-ie.jp

新潟県十日町市にある民家をリノベーションしたシンプルな空間に二段ベッドを設置したカジュアルなゲストハウス。

上越新幹線・越後湯沢駅経由ほくほく線まつだい駅下車 徒歩5分。
料金:素泊まり1泊4,000円
ご宿泊の方の朝食500円(前日までに要予約)

〒942-1526  新潟県十日町市松代3467-5
TEL 025-595-6770(金〜日10:00-20:00)
info(@)yama-no-ie.jp
山ノ家に行ったらやりたい3つのこと。

Written by

西村祐子 / ゲストハウスプレス編集長  : 「好きなことをして生きる」を実践するべく活動するライフクリエイター。2017年より神奈川の海辺から大阪にUターン。現在はあたらしい旅と暮らしの発信基地Wanderers!の運営をはじめ、 旅にまつわるさまざまな事業プロデュースを行っている。http://moanablue.com/life